AIスーツケースで視覚障がい者も「街を楽しむ」未来を。日本科学未来館で初の「屋外」実証実験)

BUSINESS INSIDER JAPAN (2022/01/30

スマートフォンに目的地をセットした後、持ち手を握るとスーツケースは大きな車輪をくるくると動かしながら自律的に移動し始めた。

移動の途中で、周囲にある建物について、音声で説明もしてくれる。
東京都・お台場にある日本科学未来館(以下、未来館)らが開発している、視覚障害者向け自律型誘導ロボット「AIスーツケース」だ。
「目をつむってみてください」
開発に携わっている未来館副館長の高木啓伸さんに促されて目をつむってみると、「暗闇の世界を歩く」という慣れない環境の中でも、歩行をリードしてくれるスーツケースのありがたさを感じることができた。
しばらく進むと、突如スーツケースが停止。まぶたを開けると、高木さんがスーツケースの前に立っていた。
「目の前に人がいたり、障害物があったりすると、こうやって止まってくれるんです」(高木さん)
未来館では、1月28日から2月6日にかけて、AIスーツケース初となる「屋外」での実証実験を進めている。
視覚障がい者の「移動」に彩りを
実証実験に参加した山形敏行さん(70)は、「今日は、いい体験をさせてもらいました。まだ開発に時間はかかるかもしれませんが、期待したい」と笑う。山形さんは、17歳のころに網膜剥離で失明し、全盲となった。
「外出の時には、いつもガイドヘルパーを利用しています。ただ、予約しなければならないので、急にどこかに行きたくなっても出かけられない。我々にとって、移動が一番のネックなんです。AIスーツケースのような技術によって、気軽に外出ができるようになってくれることを、視覚障がい者はみんな期待していると思います」(山形さん)
山形さんが指摘するように、視覚障がい者の移動の自由度は低い。未来館副館長の高木さんらが、AIスーツケースを開発するのも、その課題意識を共有しているからだ。
「視覚障がい者の情報環境は、Webブラウザの音声読み上げなどの技術によって、2010年頃までにある程度改善されてきました。ただ、もう一つの困難である移動の問題がまだ解決できてない」
サイバーワールドではなく、実世界をアクセシブルにするような研究開発をしたい──。
2010年代半ば、そう考えた高木さんと、当時から共に研究していた浅川智恵子館長(当時はIBMに所属)は、スマートフォンを使ったナビゲーションシステムを開発していた。
ただ、開発の中で「限界」を感じたという。
「なかなか『街を楽しむ』というところを実現できなかったんです。スマートフォンのナビゲーションでは、人の多さや、障害物の有無などに意識を張り詰めながら歩かなければいけない。もっと気楽に、他のことにも気を向けながら歩けるソリューションを作れないかということで、ナビゲーションロボットの議論が出てきました」(高木さん)
そこで自身も全盲の当事者である浅川館長から提案があったのが「スーツケース型」のロボットだったという。
浅川館長は、アメリカ・カーネギーメロン大学の客員教授も兼任しており、度々日本とアメリカを行き来していた。
「スーツケースを持っていると、前に障害物があった時も先にスーツケースがぶつかるので非常に安心感があると。『こんなに安心感があるなら、もう連れていってくれればいいじゃないか』と、自然な発想でした。また、街中でスーツケースを持っていても自然ですよね。街に溶け込んであるけるということも魅力的なところです」(高木さん)
施設情報などをもとに音声で周辺環境を伝える仕様にしているのも、「街を楽しんでもらいたい」という思いからだ。

「例えばセールをしているお店の看板を見つけて教えてほしいとか、行列ができているラーメン屋さんを教えてほしいとか、色々リクエストがあるんです。街を楽しむって、多分そういうことなんですよね」(高木さん)

三ツ村 崇志